2009年6月 5日 (金曜日)

シャルル・ガガルニエのオペラ座

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シャルル・ガガルニエ設計のオペラ座は1875年に完成したパリの歌劇場で、パリ・オペラ座とも呼ばれる。1989年にオペラ・バスティーユが完成し、オペラ公演は主にバスティーユ・オペラ座で公演されているが、今でもオペラ座と呼ばれているこの荘厳な建物はランドマークとしてパリのシンボルの1つとしての役割りも果たしている。

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この写真は新オペラ座が開かれる前、1987年の写真です。

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この写真は1993年、昼間の姿です。

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銅製の丸屋根は横からだと結構近くから見ることができる。

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2009年6月 1日 (月曜日)

エッフェル塔はパリのシンボル

シャイヨー宮からエッフェル塔を眺めるために午前中に行くとエッフェル塔は逆光気味で、もやに霞んだパリの空にシルエットを浮かび上がらせていた。

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1889年にパリ万国博覧会のために建設されたエッフェル塔は設計者のギュスターヴ・エッフェルの名をとって付けられたもの。

設計コンペの結果、「1889年の万国博覧階用に建てられる塔は決定的な特徴をもち、金属産業の独創的傑作として出硯しなければならない。この目的に十分かなうのはエッフェル塔のみと思われる」という評価を受けて塔建設が開始され、2年2ヶ月という信じがたいスピードで造られたが、1人の死者も出さなかったという話にはもっと驚かされる。                   
フランス人って私のイメージでは皮肉屋な感じなんだけど、エッフェル塔は建設当時、賛否両論いろいろあったようで、ある反対派の文学者がエッフェル塔のレストランによく通った理由として「ここがパリの中で、いまいましいエッフェル塔を見なくてすむ唯一の場所だから」と言ったとか。

塔の高さは324mで、現在世界第23位!ちょっと微妙な順位なのですが、世界中高い塔がたくさん出来ているんですね、展望台は57.6m、115.7m、276.1mの3箇所にあり、第2展望台までは階段で昇ることもできる。

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ちなみに、夜景を見物するためにエレベータで第2展望台に登ったのだが、下りのエレベータに長蛇の列ができていたので待ちきれず、階段で降りることを決意!無事降りることはできたが、膝が笑うことうを覚悟する必要があります。

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当時、このエッフェル塔の素晴らしいライティングを見て、我が国の東京タワーの稚拙というか、チープなライティングを思いおこし、嘆いたのを覚えているが、1989年以降石井幹子さんのライトアップデザイン以降、東京タワーはだいぶよくなった。

1909年に取り壊されそうになるものの現在まで残ったお陰で、すっかりパリのシンボルとなり1991年には世界遺産に登録された。文化遺産は残ってナンボってことでしょうか。

そう考えると、東京タワーも末永く保存して欲しいと思う。

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2009年5月28日 (木曜日)

パリ モンマルトルの丘

モンマルトルの丘は、パリの北部に位置した小高い丘で、その頂上にはサクレ・クール寺院が建っています。このロマネスク・ビザンチン様式の建築は白亜の殿堂とも呼ばれ、青空の背景がとても似合います。

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 教会内部、遠慮がちにマリア像の足元で祈りをささげる人を撮影。この当時はISO感度の低いポジフィルムを使用して撮影していたので、確かこの写真も1/8secぐらいのシャッタースピードだったはず。このころは、低速シャッターでもぶれない体力と自信があった。

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丘の上からのパリ市街の眺望は素晴らしい。

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モンマルトルの丘にはテアトル広場という画家や似顔絵描きが集まる広場があり芸術家の街としての面影を残している。

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2009年5月27日 (水曜日)

パリのノートルダム大聖堂

ルーブル美術館の記憶を刺激したお陰でパリの記憶がよみがえってきました。
パリに行ったら必ず行くのがノートルダム大聖堂。

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<ノートルダム大聖堂の正面ファサード>

ノートルダム大聖堂は、セーヌ川の河畔、「シテ島」に建っています。ちなみに1991年に
「パリのセーヌ河岸」として、周辺の文化遺産共々、ユネスコの世界遺産に登録されています。小説『ノートルダム・ド・パリ』の舞台になった事でも有名、読んだことないですけど。

ローマ・カトリックのノートルダム大聖堂はゴシック建築を代表的な建築物なのですが、
ゴシックの割りに線が細く、繊細なイメージなんです。
調べてみるとノートルダムの意味は「我らが貴婦人」=聖母マリアということなので、
イメージにぴったりな名前だなあと妙に納得してしましました。
また、この大聖堂はフライングバットレスと呼ばれるあばら骨のような構造部材が外部に
飛び出しているのですが、意匠デザインが優れているため、背後からの姿が美しい
バックシャンなのです。

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<ノートルダム大聖堂の背面夜景>

ノートルダムは聖堂内部に入ると直径10mを越える巨大なバラ窓と呼ばれるステンドグラスが目を引きます。第二次世界大戦当時、このステンドグラスを取り外して爆撃から守ったという逸話が残っていた記憶があるのですが、このステンドグラスを命がけで守った人に感謝したいですね。

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ダビンチコード的には、マリアを象徴するバラにこのバラ窓を使う手もあったのでは?などと考えちゃいました。

ノートルダムは鐘楼の下まで登るのですが、そこにはたくさんの先客がいて、観光客が少ないときなどは、不気味なぐらいです。

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ノートルダムを守る怪獣たちも普段は頬杖を付いてパリ見物を楽しんでます。

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2009年5月26日 (火曜日)

パリのエトワール凱旋門

コンコルド広場からシャンゼリゼ通りを抜けるとエトワール広場(シャルル・ドゴール広場)にエトワール凱旋門はある。凱旋門を中心に12本の道路が放射状に伸びていて、慣れない人は何週も回らないと自分の行きたい道に入れないことがあるそうだ。

1806年、ナポレオン・ボナパルトによって建設が始まり1836年に完成したが、彼は凱旋門が完成前に死去したため、1840年に遺体となってくぐることになった。

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シャンゼリゼ通りから見た凱旋門

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シャンゼリゼ通りの反対側にあるコンコルド広場から望む凱旋門

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2009年5月25日 (月曜日)

ダビンチコード in ルーブル美術館

ルーブル美術館でおこる殺人事件、被害者のソニエールのダイイングメッセージを解く鍵はダビンチの名画をたち。見ているだけでルーブル美術館に行きたくなる。

私が初めてパリを訪れた時、中庭のピラミッドはまだ工事中でした。

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この場所から後ろを振り返るとチュルリー公園の先のコンコルド広場のオベリスク、さらにシャンゼリゼ通りの向こうの凱旋門までが一直線に見通せます。カルーゼル凱旋門の中央のアーチのずっと先に小さな見えるエトワール凱旋門と、針のようなオベリスクが写っています。

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その後、硝子のピラミッドが完成してから訪れて、あまりの変わりようにびっくりしました。
私の感覚からすると、ルーブル宮のクラシカルな雰囲気とあの硝子のピラミッドに違和感を強く感じたことを覚えています。

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まあ、中庭の地下にエントランスを移した訳なので何かしら人目を引く仕掛けが必要なのはわかるのですが、個人的に好きになれないデザインだった。

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最後にパリを訪れてから相当時間が経過したこともあり、映画のスクリーンに登場したルーブル美術館がとても懐かしく感じられ、硝子のピラミッドも夜はすごいきれいだなあと思った。

ピラミッドのエントランスができる以前は、一番最初に出迎えてくれたのはこのニケ像だった。

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僕はルーブルの作品の中でも特にサモトラケのニケ像が好きだ。大理石でできているのに今にも軽やかに飛び立ちそうに見える。     

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ビーナスに群がる人々。背中から腰に掛けての滑らかな曲線が素晴らしい。

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2007年2月25日 (日曜日)

パリ モンマルトルの丘

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パリのモンマルトルの丘 

この丘は絵描きが集い、旅行者の似顔絵描きをすることで有名なテアトル広場や、頂上の白亜の聖堂、サクレクール寺院で有名なのだが、僕は、この丘を上る途中にある坂や数えくれないほどの階段のある景色が好きです。

                         

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